幸せなメンヘラの備忘録

可愛そうなメンヘラが幸せなメンヘラになった。おはようからおやすみまで、愛してるよとささやかれて生きれる奇跡。

母親なんて、大好きだ。ラブレターって名前をつけよう。

 

 

今日はこの前読み終わった

母という病 

という本の感想をかきますよ〜〜

 

(017)母という病 (ポプラ新書)

(017)母という病 (ポプラ新書)

 

 

 

 

この本の著者も愛着障害の本を書いた

岡田尊司さんです。

もう岡田尊司さん大好き!笑

ほんとにほんとにお手紙送りたいくらい(^^)

岡田尊司さんの本制覇したらお手紙かこう。

 

 

 

それはおいといて、実は、岡田尊司さんは”父という病”っていう本もだしていて、最初はそれから読もうと思ったの。

 

(051)父という病 (ポプラ新書)

(051)父という病 (ポプラ新書)

 

 

 

なぜなら私の愛着障害の根底、

1番深いところの傷はきっと父のせいだと思ったから。父親との正常な愛着がないから私は自分を嫌いになって、心がいつも寂しくて、自分を大切にできなかったと思ってたから。

現に私が最も欲してるものは父性だって、気づいたし。

 

 

だけど、”父という病”を10ページくらい読んでね、岡田さんのメッセージに気づいて、

「あ、これは”母という病”を先に読むべきかあ」

って思って、”母という病”を先に読むことにしたんだ〜〜。笑

 

(”父という病”はまだ読み途中だけど、”母という病”を先に読んだことは大正解だなって思った!)

 

 

 

すごく思ったのは、私含め、

みんな母という病だってこと。

私の父も母も。もしかしたら旦那の両親もかな。

愛着障害の本読んだ時とおんなじ感想笑

 

でもほんとにそうなんだよね。

母という病の、病の名前が愛着障害ってかんじかな。(あくまで私の解釈)

 

ちなみに私は愛着障害〜母という病の順番で読んだから概念として愛着障害の知識とか、どんなもんかっていうのを知ってたから、より内容が頭に入ったかな?って思う。

もちろん実体験とかもあるから頭と心にすんって、スムーズにはいってくるんだけど。

 

 

 

 

自分の根底にある傷を、ただのかすり傷みたいなのをつけたのはきっと父親。

 

 

今の自分のほとんどを作り上げたのは、母親。

 

 

私のかすり傷みたいな小さい小さい傷をどんどん大きくしていったのは、父も母も両方。

 

 

そう思った。

 

 

愛しい娘の心を知らず知らず、ずたずたにしちゃうんだもん、両親が。残酷だよ、でもこういう悲劇って、今の社会できっと溢れてるんだよね。

 

 

なんだろ、伝えたいことが多すぎて難しいけど、伝えたいので、書くね。

 

 

最初に最も伝えたいこと。

岡田さんの本は、すごく読む人のことを優しく抱きしめてくれる感じがする。その人の心の傷とか、いろんなことをわかった上で、受け止めてくれる。そんな気持ちになるよ。

だから、少しでも興味のある人は是非読んでほしい。絶対になにかの手がかりになるし、自分が傷つくことは絶対にないから。これから長くなっちゃったから、これだけ最初に言っておきました。

 

 

 

母親って、子どもにとっていなくてはならない存在。極端に言えば父親より大切で、母親さえいれば幼子は生きていけるんだと思うんだよね。

 

この本に出てくる例がいっぱいあって、その例の全てが自分と当てはまるわけではない。

1つの例の中の1つの出来事でも、

たしかに自分の体験と似てるけど、こんなにひどくはなかった。とか、

でもここは少しあてはまるな。とか、

この本を読んでそういうのがいっぱいあったように感じた。

 

 

それですごく思ったのは、母子関係がとっても複雑で、きちんと機能してないことなんて、細かいところまで見ればめちゃくちゃあるんだなってこと。

 

 

例えば私の主体性が皆無なところとか、それは母親のせいで、でもその母親(私のバーバ)の方がもっと、私の母親の主体性を奪ってきたんだな〜〜、とか。

 

だからって私は、今日自分が食べるご飯くらいはまあ決めることはできてたよ。

 

 

自分の欲しいものを見定めるのはとてつもなく苦手だけど。笑

 

 

愛着障害の本の時も思ったけど、まあ私の両親も愛着障害で、2人とも母という病だ。

 

 

きっと2人ともそれに少しは気づいていたかもしれないけど、でも逃げた。考えるのをやめた。自分の問題からも、親との関係とも。

逃げた結果連鎖が起こっちゃったんだ。

 

 

少しだけ、私の母親の話をさせてね。

私の母親は、自分が幼い頃母親にして欲しかったことを私たち子どもにしてくれた。

一緒にケーキを作ったり、お揃いのお洋服を縫ってくれたり。

それはとってもいいことだと思う。優しくて母性的な母親だと思う。

 

残念なことに、その記憶よりも両親が声を荒げて喧嘩してる記憶の方が、私には強く残ってるんだけどね。

 

まあまあ、それで大学に進学する時も、家を出て一人暮らししていいよといった。

その背景には、自分が同じくらいの歳の時そうしたかったからっていうのがある。(私の母は両親の反対をおしきって上京した)

 

私の母親がそうするのには理由があった。やっぱり、自分も親にそういう風にして欲しかったから。

それともう1つ、私の母親には負い目があった。

私の母親と父親は喧嘩がすごくて、私が物心ついたときから、中学生くらいまでは毎日喧嘩していた。

私は上に姉が2人いるけど、3人とも両親の喧嘩にはうんざりしていた。

 

ちなみに母親も自分の両親の喧嘩にうんざりした結果、上京したんだって。

 

 

私の母親の場合、自分と同じ状況にならないと、子どもの気持ちがわからない。同じ状況の時は子どもの気持ちがよくわかる。だから子どもの気持ちがわかるって勘違いしてるんだと思うんだよね。そもそも同じ状況にしないことが大切だと思うけど、問題から逃げたからそんなことわかんないんだ。

 

 

母親はこうもいっていた。

 

「子どもにはやっぱり父親がいた方がいいと思ったから離婚しなかった」

 

その時はまあそういわれたらそうかと思ったけど、今思えばやっぱりこの人は子どもの本当の気持ちはわからないんだなあ、と思う。

 

 

大好きで大切な母親を苦しめる原因は子どもだといってることに、なんで気づかないんだろう。それが子どもの、私の自己肯定感や自尊心を躊躇なく奪っていくことにも、なーんにも気づかない。

 

 

だからケーキを一緒に作ったことで、喧嘩の件はちゃらにしちゃうんだ。

 

 

 

実は私の母親も、私と同じ体験をしている。

両親が毎日喧嘩ばかりで、特に父親のことを嫌い口も聞かなかったっていっていた。

(もしかしたら同じ言葉を言われてたかも)

 

 

父と母が喧嘩になる時、よっぽど母親がおかしくない限りは父親を非難するのは子どもにとっては当たり前なんじゃないかな?と、ふと思った。母親との愛着の方が父親よりは強いと思うし、それくらい母親は子どもにとって大切な存在だから。

 

 

私の母親は、私と同じ体験したのにも関わらず、同じ問題を私に残した。

 

 

やっぱりそれは、私の母が自分の問題から逃げたからだ。考えなかったからだ。子どもができて、そうすれば自分は幸せになれると信じて疑わなかったからだ。だから自分のして欲しかったことを子どもにすることで、埋めようとしたんだと思う。

 

 

私の母親の母親(私のバーバ)は、たぶんあまり母親らしくはなかったと思う。

昔の人だから、親が勝手に結婚相手を決めて、勝手に婚約させられたうえに(しかも若くして)、姑がめちゃくちゃ最悪に厳しい人だったらしい。そのうえ、私の母親が生まれて間もなく旦那(私のジージね。)が親の会社を継がなきゃいけなくなって、めちゃくちゃ忙しくなったみたい。

ばーばは長年じーじの会社の経理をやっていたけど、最近その仕事を引き継いでほぼ引退。そしたらあほみたいに旅行に行きまくってる。絶対若い時の反動だよ。笑たぶんばーばはそんなに早く母親にはなりたくなかったんじゃないかな?って思う。今の時代に生きてたらよかったかも。

 

 

とにかくばーばは自分の意見の決めつけがひどいし、私の母親のこともずーっと子供扱いする。自分の範疇の外に出るものは許さないって感じで。それと、きっといろんなものを仕方ないってわりきって生きてきたんだと思う。ばーばこそ、自分の思い通りにいかないことがおおかったんじゃないかな。だから、他人にも、娘にもそれを求めたような気がする。

仕方のないこともあるのよ。って。

 

 

 

 

思いの外ばーばの話が長くなっちゃった。笑

 

 

 

私の母親だって、母親に苦しめられた。被害者だよ。きっと本人は気づいてないし考えてもいないけど。でもそれを繰り返す。

それは、自分のことを守るためなんだって。

自分がされたことは、特に大好きな親からされたことだもん。自分の中で正当化される。

知らず知らずのうちに。

もちろん、自分の心を守るためにね。

そして、繰り返すんだよね。自分の子どもにも。

だからこそ、この問題からは逃げちゃいけないんだ。

 

 

 

私には今、旦那さんがいる。

私を世界で1番愛してくれる人がいる。

そんな旦那さんは私の両親を憎んでいる。

私を苦しめて、なのになにも気づいてない人達を。

私はそんな旦那さんとたくさん喧嘩した。

 

おかしなことに、私の両親のことになると喧嘩になった。

私が自分の家族を必要以上に守ろうとするから。私が家族に執着してるから。

私は家族が大好きだし、その気持ちだけは絶対におかしいことじゃない、旦那さんが変なんだってそう思って、喧嘩してた。

 

 

でも最近は変わった。旦那さんのことも家族のことも大好きっていうのは変わらないでしょ。

でも、その気持ちを通すためには、家族のことは自分がきちんと冷静にみなきゃな〜って。

私には愛着障害に加えて、”家族”っていうそのものに大きな憧れがある。だから、自分の家族にもめちゃくちゃ執着する。

 

でもそうじゃなくて、自分と、父と、母と。その関係をきちんと自分で理解すること。

私は両親も家族も大好きだけど、でも、両親によってできた私の障害は直さなきゃ幸せにはなれない。そのためには、今は家族とはきちんと距離をおいて生活すること。

家族の言葉に心を動揺させない。

家族に気を使いすぎない。

家族の顔色を伺わない。

 

そういう風に、気をつけて生きてるよ。

 

それが自分の子どもに愛着障害、母という病を連鎖させないために必要なことだと思うから。

 

 

もちろん、旦那さんがいるからできてることだけどね。

 

 

長々書いたけど、私は両親が大好き。家族が大好き。旦那さんがなんであんな人たちを…って思うほどに大好き。

だって親だもん、なにがあっても大好きだし、それは変わらない。

家族の中で私が1番家族のことを大好きな自身だってある笑

 

だからこそ、私の家族を救うためにも私は絶対に幸せになるよ。

 

私は自分の好きな自分になって、幸せな家族を旦那さんと作るよ。

 

私には自分の家族が知らないことを知っていて、私の家族には一生伝わらなくて、でも、それでいいんだって今は思う。

むしろ、私はみんなのことわかってるからね、だから大丈夫だよって、そう思うよ。

 

 

 

 

なんかね、むりだけど、結婚する前の母親に、

”母という病”をよんでみてって、いって、わたしてあげたいな笑笑

 

 

過去に読んだ本もよろしければどうぞ。

 

愛着障害 子ども時代を引きずる人々 (光文社新書)

愛着障害 子ども時代を引きずる人々 (光文社新書)

 

 

 

chocochiprin.hatenablog.com

 

父という病の感想もブログで書きました!

 

chocochiprin.hatenablog.com